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高橋祐幸のブラジル便り・目次
 

高橋祐幸(たかはし ゆうこう)

ブラジル・サンパウロ在住。1933年岩手県生まれ。1960年にブラジルにわたり、日本商社の現地法人(三菱商事)に35年間勤務。退職後ボランティアでトヨタカップ南米代表実行委員を15年間務め、川崎フロンターレ、大宮アルディージャのブラジル代表顧問を約8年間務めた。県立盛岡中学(旧制)で、八重樫茂生(メキシコ五輪銅メダル日本代表キャプテン)と同級生だったことがサッカーに携わる機縁ともなって、日本にもブラジルにも広いサッカーの人脈を持つに至った。


 

 


#34
ブラジルの戦いを追って
(2014/7/9)

★戒厳令さながらの開幕前夜
  日本のスポーツ記者の大先輩で、監督でも選手でもないのに「日本サッカー殿堂入り」の栄誉に輝く牛木素吉郎さんが、ブラジルに着いたとき「大会前夜のお祭り気分の盛り上がりはどこにも見受けられませんね」と溜息まじりで私に言われた。牛木さんは、今回でW杯取材12度目の大ベテランで、最近『W杯取材59年の記者が見た裏表ヒストリー』というタイトルの新しい著書を出している。
  実は、その日まで4日間、地下鉄ストでサンパウロは完全な麻痺状態に陥っていた。
  市内の交通は大混乱で、街頭に溢れたた大群衆はバスに放火したり、スーパーや銀行を破壊して商品やキャッシュボックスからの掠奪を欲しい侭にしたりしていた。
  街は戒厳令さながらの厳重警備で、W杯歓迎ムードどころの話しではなかった。
  牛木さんは国際空港からホテルまで普通なら1時間で来られるところを4時間もかかったと云う。私も普段なら自宅からTAXIで30分もあればホテルまで来られるところを1時間半かかったのだから、如何に混乱と渋滞が激しかったか知れようと云うものである。
  W杯開幕式と開幕戦(ブラジル対クロアチア戦)の会場が工事遅れで国民から批判・非難が舞い上がっている中で おまけに地下鉄が運行停止だったら一体どうなることかと誰もがハラハラさせられたのだった。

★一変してお祭りムード
  ところが、開幕当日は、まさにW杯晴れの絶好の日和。地下鉄ストも取りやめになり、人々は朝早くから次々に街頭に繰り出し、駅前の歩道や駅のホームはどこもかしこもカナリヤ・カラーのユニフォームと民族衣装などにフェイスペンティングを施した大群衆がサンバのリズムに合わせて腰を捻り両手をかざして踊りまくる。お祭り騒ぎがサンパウロ市を埋め尽くした。
  球場建設や開催都市のインフラ整備に巨額の予算を注ぎ込み、その大半が政治家や利権屋どもの懐を肥やしたことで、国民に廻るべき教育・医療などの福祉厚生事業をないがしろにされた。そういうスローガンを掲げた抗議運動が国内全域に広がっていて、如何にもそれは「W杯反対」運動でもあるかのように伝えられ「サッカー王国のブラジル国民がW杯反対を唱えるなんて信じられない」と世界中を驚かせていた。
  それが、一夜明けて開幕戦当日を迎えた途端に一変して、お祭りムードが一気に盛り上がったことには 半世紀以上もブラジルに住みついた私でさえ我が眼を疑いたいほどの様変わりだった。
  やはりブラジル国民にとってサッカーとカーニバルが、政治より経済よりも、三度のオマンマよりも大事なんだなと、つくづく思い知らされたものである。

★開幕戦の西村主審批判
  開幕戦では、ブラジルがクロアチアに3対1で順当に勝ったが、この試合の笛は日本人の西村主審だった。
  前半1対1のあと、後半31分にブラジルにペナルティキックを与え、これが勝ち越し点となった。そのあとブラジルが1点を追加して、結局3対1になったのだが、クロアチアの反則をとった西村主審に対して、外国の新聞が「日本人がブラジルにペナルティキックをプレゼントした」と袋叩きにしたらしい。誤審だと批判したのは、アルゼンチンのOLE、スペインのMARCA、同じくスペインのEL PAIS、フランスのLIBERATION、同じくフランスのL‘EQUIPE、イタリアのGAZZETTA DELLO SPORTなどのスポーツ紙である。それらの国ではあることかもしれないが、日本人の審判がスキャンダルに巻き込まれることはないはずだと信じている。ブラジルを応援している日本人として、ちょっと複雑な気持ちになった。

★出足の悪いグループリーグ
  ブラジルの第2戦、対メキシコは0対0で引き分けだった。
  1978年アルゼンチンW杯のとき、1次リーグで第1戦、第2戦を続けて引き分けたことがあり、ブラジル代表の史上最低の記録と言われている。今回のメキシコとの引き分けは、それに次ぐ悪い出足と国民を心配させた。
  アルゼンチン大会のときは、第3戦に勝って1勝2引き分けで2次リーグに進出。2次リーグではアルゼンチンと引き分け、2勝1分けの同率でアルゼンチンと並び、得失点差でグループ首位を譲り、3位決定戦に回ってイタリアを破った。つまり出足は悪かったが、最終的には自国開催のアルゼンチンに優勝は譲ったものの世界トップの実力を示した。
  今回も出足は悪くても、最終的には優勝に向かって進むものと信じたい。
  グループリーグ最終戦、対カメルーンは4対1で快勝し、A組1位で16強に入り。ブラジル人はヤレヤレと一息入れることが出来た。

★危なっかしい試合が続く
  決勝トーナメントに入ったブラジルの第1戦、対チリーは1対1のまま延長戦でも決着がつかず、PK戦に持ち込まれた。
  PK戦はゴールキーパーのジュリオ・セ−ザルの神業的な守りのおかげで、辛うじてものにしたが、「命拾い」とも言うべき勝ちだった。
  4強へ進出をかけた準々決勝、対コロムビア戦も、いやはやブラジルは危なっかしい試合ぶりで、2対1で勝ったとはいえ後半最後の10分くらいはコロムビアに押されっぱなし。ブラジルゴール側のグランド半分で戦っているような ハラハラさせられっぱなしの試合だった。
  しかもネイマールの脊椎骨折負傷とDFチアゴ・シルバのカード累積で、重要な2選手が次の試合に出られなくなった。ブラジルは4強に進出したとはいえ、苦しい立場に追い込まれた。HEXA CAMPEAO(6度目の優勝)の栄冠は遠去かりつつあるのではないかと、がっくりとうなだれている。 

★世界トップクラスの争い
  準決勝は、ブラジル対ドイツ、アルゼンチン対とオランダの争いになったが、いずれも世界のトップクラスで、どこが勝っても「やはりそうだったか」と納得せざるをえない。
  私はネイマールのブラジルとメッシのアルゼンチンが対決する優勝戦を観たかっただけに「ネイマール無し・メッシ有り」になったことは 残念と云うか悔しくてならない。
  テレビも新聞もネイマールの負傷ニュースで埋まっているが、ヘリコプターでサントスの自宅に空送されたネイマール選手本人は「もう痛みはとれたから準決勝戦に出して欲しい」とドクターに訴えていると言う。医師団は「6週間は絶対にダメ」となだめるのに躍起だとも伝えられている。
  バッテリー・メーカーのHELIAR社と乾電池メーカーの最大手PANASONIC社の2社は、大手全国紙に1頁大のメッセージ広告を出して「ネイマール! 君のエネルギーはブラジル代表全選手に充分に蓄電されており、君と一緒にHEXA CAMPEAOを成し遂げるであろう」とブラジル全国民の願いと祈りを代弁している。

★大統領選への影響
  DATA FOLHA(フォ−リャ・デ・サンパウロ新聞の世論調査)によると、大統領再選を目指すジルマ・ルーセフ候補の人気は、昨年末まで50%台を保っていたが、今年2月は44%とDOWNしはじめ、4月には38%、5月には37%、大会寸前の6月には34%とDOWNのピッチを速めていた。ところがW杯が始まると、ブラジル代表のA組トップ予選通過となったことが好影響してか、またぞやUPに転じ、7月2日の世論調査では38%に回復している。 
  しかし対立候補のタンクレード候補も19%から20%に、カンポス候補も7%から9%に上がってきており、パストール候補の4%を合わせるとジルマ大統領の38%と同じになるので、10月の選挙でジルマが50%以上を占めて決戦投票なしに当選する可能性は薄くなってきていることは明らかである。
  W杯受け入れ準備・組織の不手際、12球場の建設・工事遅れ、開催都市のインフラ整備の遅れでFIFAを手こずらせ、ブラッター会長、バルク専務理事とジルマ大統領は何回も何回も争いを繰り返してきたが、いざ大会が始まったらどの試合も球場も観覧席は満杯で、W杯が地上最大の大祭典だと言われるにふさわしい大観衆のカラフルな応援風景を展開し、ストやデモ騒ぎも鳴りを潜めている。
  あれだけブーイングの集中攻撃に晒されていたジルマが、大会がはじまると人気が反転しだ。ブラジル国民にとっては政治より経済より三度のオマンマよりサッカーが大事であることを見せつけられたように思える。
  「ネイマール無し・メッシ有り」の準決勝戦と決勝戦。それでもブラジルがHEXA優勝を成し遂げることが出来たら、ブラジル国民の歓喜と感激は一挙に爆発して、ジルマは「ホレ私が言ったでしょう。世紀のW杯を実現してみせましょう」と誇らしげに宣言するだろう。そうなれば人気アップに拍車がかかることも予想され、一方では大会中はストやデモを控え抑えていた政府批判・抗議組は「お祭りは終わったが国民には何ももたらされなかった」とスローガンを掲げて再び騒動・争乱を勃発させかねず、ジルマの人気凋落に再反転するやも知れず……。 
  W杯の白熱戦は大統領選挙の白熱戦に変わって行くかもしれない。
  ブラジルは、W杯の後、どうなるのだろうか?
(7月6日 記) 


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