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サッカーマガジン 1975年12月10日号

三菱サッカー快進撃
“二宮の戦法”の秘密をさぐる      (1/2)    

 三菱のサッカーが快進撃を続けている。今シーズン開幕の日立との試合(4月6日)に引き分けたあとは連戦連勝、ライバルのヤンマー、日立に勝ち点3の差をつけて前期を折り返し、4カ月半の中休みの間に若手選手を西ドイツに留学させて、さらに新しい活力をチームに加えた。そしてフレッシュな気持で登場した後期は、初戦でフジタを、第2戦で難敵日立を連破し、早くも独走態勢の声も出ている。 
 前橋で10月26日に行われたフジタ−ヤンマーを見に行った帰りに、特急の食堂車でたまたまヤンマーの釜本選手といっしょになった。 
 釜本君は、フジタとの試合では、3人ゴボウ抜きの見事なドリブル・シュートで先取点をあげて5度目の得点王への足場を固めた。 また、2点目のときはゴールラインぎりぎりの場所から、相手を背後に押さえてむつかしい角度のセンタリングをあげてアシストを記録した。これは釜本君が日本リーグ入りしてから通算46回目のアシストで、杉山隆一選手(前三菱)の45を抜くリーグ新記録だった。 
 だから釜本君は、大いにごきげんだったのだが、ただ一つの気がかりは三菱の快進撃のようである。 
 「どこかが三菱をやっつけてくれなきゃあね。そうしないと日本のサッカーは面白くなりませんよ」 
 このまま三菱が勝ち進めば、ヤンマーが残り試合に全部勝っても三菱を抜き返せない。なんとか三菱に一つか二つ、取りこぼしてもらって、最終節12月14日の三菱−ヤンマーを優勝をかけた対決にしたい、と釜本君は願っているわけである。 
 「だけど、三菱もなかなか負けそうにはないな」 
 とぼくは考えた。 
 「三菱が負けないのは、なぜだろうか。二宮監督の戦法の特徴は何だろうか」 
 昭和43年の夏に、三菱の二宮寛監督はひとりで、西ドイツのメンヘングラッドバッハを訪ねた。 
 デュッセルドルフの三菱の出張所で「近くに強いサッカー・チームはないか」ときいてもらって、偶然紹介されて行ったのだが、そのメンヘングラッドバッハでめぐり会ったバイスバイラー監督の指導を受けて三菱のサッカーは大きく変わった。 
 あれから7年――。二宮監督は、バイスバイラーのサッカーから学んだものの上に、さらに何ものかを加えて、独自の“二宮のサッカー”を作り出そうとしている。  
 1973年のリーグと天皇杯の2冠をとったあとに、名実ともにチームの中心だった杉山隆一選手が退いてから1年あまり、たちまちのうちに“黄金の足”が抜けたあとの穴を埋めた二宮監督の「チーム作り」の手腕は、いろんな角度から研究してみる価値がありそうだ。

堅い守備からの速攻 
―――相手にこさせること
 
 特急の食堂車で釜本君は話した。
  「ヤンマーはゆっくり攻めるほうだけど、三菱の攻めは逆襲でしょ。やっぱり守りが堅実だからなあ。なかなか負けませんね」 
 たしかに、そのとおりだ。 
 今シーズンの三菱のサッカーは、堅実な守備が基礎になっている。それが「なかなか負けそうもない」と思われることの大きな理由である。 
 三菱快進撃にアクセルをかけた後期の2試合目、10月25日の対日立戦では、三菱のシュートが9だったのに対して、日立は14とかなり上まわっていた。しかも日立はスイーパーの川上、ストッパーの横谷など、バックラインのプレーヤーを含め、ほとんど全員がシュートを記録している。三菱のバックでシュートをしたのは、落合だけだった。数字のうえでは明らかに日立が押している。翌朝の新聞で「日立の優勢な試合だった」と書いてあるのもあった。 
 だが、勝負は1−0で三菱の勝ちである。 
 「シュートは向こうのほうが多かったけど、ほんとに“やられた!”と思ったのは、ほとんどなかった」 
 と二宮監督はいう。 
 「うちの守備が崩されてのシュートじゃないから、こわくない。ビッグ・チャンスは、うちのほうが多いんじゃないですか」 
 二宮監督が守備にかなり自信をつけてきていることが、話しぶりからうかがわれた。
 杉山選手が退いたあと、三菱のチーム作りのポイントになったのは、守備ラインの安定だった。 
 杉山がいたときには、つねに彼がチームのペースを作っていた。リズムが狂ってチームが浮き足だってきたときでも、杉山にボールが渡れば、彼がキープしてくれることによって、攻撃の面でも、守備の面でも、落ち着きを取り戻すことができた。 
 「どんなに強いチームでも、90分間の試合のうちには、相手にペースをとられることがある。そのときに、いかにしてペースを取り戻すかが問題だ。攻撃か、守備か、どちらかの面で落ち着きを取り戻さなくてはならない」 
 と二宮監督は考えた。 
 杉山に代わる“黄金の足”を求めるのは容易ではない。三菱のメンバー構成を考えた場合、守備の面でゆるぎのない柱を作り、杉山と森に頼ってリズムを作っていた三菱のサッカーを変えていかなければならない。これが、二宮監督のポスト杉山の構想だった。 
 昨年は大仁をスイーパーに、菊川と村越を両サイドのフルバックに使ったが、菊川と村越の負傷もあり、ねらいどおりにはいかなかった。 
 今シーズンは、菊川がやめたため、思い切った守備ラインの編成替えをしている。新人の斉藤和をストッパーに、落合を右のフルバックに使って、村越をスイーパーにまわしたコンバートは、考えようによっては、かなりの冒険である。しかし、村越が守備固めに徹し、斉藤和が予想以上の成長をみせたことで落合と大仁の攻めの強さも生きてきた。 
 しかし、守りが強くなった理由として、4人の最終ラインの安定だけをあげたら、二宮監督は不満だろう。 
 実は、三菱の守りのよさは、前線から中盤にかけてのディフェンスが、最終ラインの堅実な守りを助けているところにある。 
 二宮監督は、よく「スペースを消せ」という言葉を使う。
 たとえば、後期の日立戦では、こういっていた。 
 「日立は中盤の両サイドのスペースを使って攻める。そのスペースを消そう」 
 相手に走り込まれたのを追うのではなく、走られる前に、そのスペースにはいって、走り込む場所を消しておこう、という考え方である。 
 最終ラインが、いかにねらいをつけて、しっかりマークをつかんでいても、向こう側からフリーな相手が、いつ、どこへ飛び出してくるかわからないのでは、安心していられない。中盤でのルームカバーと結びついたチームワークの守りがあって、はじめて三菱の守備ラインの強さがチーム全体のリズム作りにも生きてくるのだと思う。


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