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サッカーマガジン 1987年2月号

短期集中連載★強豪チーム技術分析
<最終回>デンマーク
のびのびとしたプレーで
      魅力的攻撃サッカー     (1/2)

 デンマークは、メキシコのワールドカップ86の前半戦で、ソ連とともにはなばなしい活躍を見せたチームだった。一部の気の早いジャーナリズムは、前半戦の結果を見ただけでこれこそ80年代の新しいサッカーだとはやしたてた。ところが決勝トーナメントにはいると、デンマークは1回戦でスペインに1−5のみじめな大敗を喫して姿を消した。
 だがデンマークが、ソ連以上に新しいものを、世界のサッカーの未来をうかがわせるものを持っていたことは確実である。
 それがどんなものであるかを知るには、前半戦の活躍の原因とスペイン戦の大敗の原因を、ともに検討してみなくてはならない。

欧州随一のツートップ
 ――剛のエルケーアと柔のラウドルップ―― 
 デンマークが急激に人気を高めたのは、1次リーグの第2戦でウルグアイに6−1で勝ってからである。それ以前から「デンマークが旋風を起こすかもしれない」といわれてはいたが、守りの強さで定評のある南米の強豪から6点もあげたので、にわかに優勝を狙う欧州勢のホープにまで期待が高まった。 
 ワールドカップのひのき舞台で6ゴールもあげる攻撃力は尋常ではない。注目しなければならない何物かを持っていることは確かである。それは何かということを、まずウルグアイからの6点の中に見てみよう。 
 ウルグアイとの試合は6月8日、会場はネサウアルコジョトルというメキシコ市に近い小さな、貧しい町のスタジアムだった。デンマークは最初の2試合を、このエスタディオ・ネサ86で戦った。 
 6月4日の第1戦はスコットランドに1−0で勝った。デンマークの属したE組は「死のグループ」と呼ばれた激戦区である。その中でスコットランドはやや力が劣ると見られていたから、これは必ず勝っておかなければならない試合だった。1点だけの辛勝ではあるが、後半12分のこの1点はエルケーアの中央突破の強引なドリブルによるもので、これはデンマークの攻撃の切り札の一つである。
  一方のウルグアイは同じ日に西ドイツに1−1で引き分けている。強豪同士の第1戦はともに慎重に戦うのが定石だから、ウルグアイにとってまずまずの結果だった。しかしこの引き分けのために、第2戦のデンマークに対してはぜひ勝ちに出なければならないことになった。 
 デンマークにとっても、この第2戦のウルグアイとの試合は重要だった。南米の強豪との真剣勝負ははじめての経験で、これに勝っておくことには上位進出を確実にすること以上の価値がある。  
 おたがいに、ぜひ勝ちたいという気持を持っている試合は、展開がちょっと狂うと意外な大差になることがある。これは6−0の大差になったソ連対ハンガリーの試合にもいえたことである。
 さて先取点はデンマーク。10分、守備ラインから進出していたモアテン・オルセンが拾ったボールをラウドルップが受け、左サイドに出ていたエルケーアに渡して決めた。ボールがデンマークの代表的なスタープレーヤーの間を渡り、それぞれが自分の特徴をそのまま出して、それがチームプレーに結び付いた得点である。 
 36歳の主将モアテン・オルセンは、守りの中心であり、攻撃の起点であって名実ともにデンマークのチームのかなめである。そこから攻撃が始まったところがまず良かった。
 つぎに中盤でラウドルップがボールをつないだ。21歳の若さだが、鋭いスピードと巧みなボールタッチによるドリブルに威力があり、しかも周りを見る目がすばらしい。このときのプレーも相手の守り2人をかわして3人目の出てくるところをエルケーアにパスしたもので、ウルグアイの守りは完全に引き寄せられ、左に出ているエルケーアをフリーにしてしまった。 
 そしてゴールを決めたエルケーアは28歳。油ののりきった点取り屋である。 
 デンマークの前線はエルケーアとラウドルップの2人で、これは欧州随一のツートップだといっていい。 
 ラウドルップは下りぎみのポジションからすばやいドリブルで守りを引き付ける。しかも走りながら味方の動きをよく見ていて左右に的確なパスを送る。エルケーアは、強引なドリブルによる突破とシュートの威力に特徴がある。 
 この柔と剛を組み合わせたところに、デンマークのツートップの良さがある。先制点には、その良さがそのまま生かされていた。 
 チームの良さを生かしたゴールが開始間もなくの10分に出たのが、デンマークの攻めを調子に乗せた。勝たなければならないウルグアイには焦りが出る。19分にウルグアイの守りの中心ポシオが、乱暴な守りを繰り返して退場させられ、以後ウルグアイは10人で戦うはめになった。 
 25分にラウドルップが中盤から右に振った好パスが起点になってゴールかとみえたがオフサイド。35分、ラウドルップの鋭い加速からのドリブルシュートをゴールキーパーがはじき、エルケーアがシュートしたが、わずかにはずれる。さんざん攻め立てたすえに40分に2点目がはいった。 
 中盤のレアビーが後方からドリブルで持ち上がり、右サイドのエルケーアに出す。エルケーアが1人を抜いてゴール前へ返し、パスを出したその足で攻め上がってきたレアビーがダイレクトで決めた。絵に描いたような現代的な攻めである。 
 ウルグアイは前半の終了直前にペナルティーキックで1点を返した。これはフランチェスコリがドリブルで攻め込んで切り返したところに、I・ニールセンが反則をとられたもので、いささか不運だった。 
 2−1。前半が終わった時点では、ウルグアイの人数が1人少ないとはいえ、まだ勝負の行方は分からなかった。

独特の攻撃的システム
 ――揺さぶりがドリブルを生み出す――
 後半、大量点への道を切り開いたのはラウドルップのみごとなドリブルである。6分、ゴール正面、ペナルティーエリアの外からウルグアイのバックを3人、ごぼう抜きにし、ゴールキーパーが出てくるところを左サイドから流し込んだ。 
 続いて23分、ペナルティーエリアの外、左寄りから3人抜いて持ち込んでシュート、ゴールキーパーに当たったのをエルケーアが押しこんだ。 
 ラウドルップのドリブルは、かなりの速さで走っていながら、ボールが短いゴムひもで結ばれているかのように足元から離れない。そして相手の出方に応じて右足元から左足元へとすばやくあやつられる。このすばやさとタイミングの巧さがみごとである。だが、このラウドルップのあざやかなドリブルが生まれる前に、デンマークがペナルティーエリアの外側でパスを回してウルグアイの守りを振り回していることにも注意を払う必要がある。
 デンマークの攻めは最前線のエルケーア、引き気味のラウドルップをツートップにしているが、右サイドからは中盤のアルネセンが攻め上がる。左サイドからも、この試合ではレアビーかベアテルセン、ほかの試合ではイエスペア・オルセンが攻め上がった。その上、守備のスイーパー役であるモアテン・オルセンもしばしば中盤に進出してくる。 
 つまり、どのポジションのプレーヤーも前に出ることにきわめて積極的である。 
 そのために、攻め込んでいるときにはで前線の両翼に2人出て、その背後の中盤に4人が押し上げる形になる。この6人に押し包まれて、欧州随一のツートップは、そのサポートの海の中をすばやく泳ぎまわって突破口を開くことになる。 
 ウルグアイとの試合では、ポシオの退場で相手は10人になっていたので、この積極的な押し上げがますます効果的になった。そして両ウイングに進出したプレーヤーと中盤の前方に押し上げたプレーヤーとの間でパスを回して揺さぶり、ラウドルップのドリブルによる突破のチャンスを作ったのだった。 
 このような他に類を見ないような積極的な攻撃は、当然、ある程度守備を犠牲にして成り立っている。
 「デンマークはスリーバックのチームだ」といわれていたのは、これに関係がある。
 最近世界のサッカーでは、ツートップのシステム(布陣)をとるチームが多い。相手のツートップに対して、守備ラインに4人を配置すると、相手の2人を4人で守ることになりスイーパーを1人置いたとしても1人がむだになる勘定である。 
 そこで相手がツートップのときは、その2人にストッパーを1人ずつつけてマークし、ほかにスイーパーを1人置く。そうすると守備ラインは3人、つまりスリーバックというわけである。これはスイーパーを置く守りだから1930〜50年代のWMフォーメーションのころのスリーバック(サードバック)システムとはまったく違う。
  この守り方はいろいろな問題を抱えているが、ここではそれはさておくとして、デンマークは実際に第1戦のスコットランドとの試合では、相手のツートップに対して、このスリーバックを実行した。 
 プスクとイバン・ニールセンがストッパーで、モアテン・オルセンがスイーパーである。このときには、左のウイングに進出するポジションにはイエスペア・オルセンを起用している。 
 第2戦からは左のサイドバックにアンデルソンを使って4人の守備ラインを敷いたが、これは相手の出方に対応したもので、後方から積極的に前に出てサポートするという攻め方は同じである。 
 このような布陣には、4−4−2とか、4−3−3というようなシステムの呼称はあまりぴったりしない。両翼から進出するプレーヤーは、中盤プレーヤーでもあり、ウイングでもある。ベアテルセン、ベアグリーン、レアビーは本来の中盤というべきだろうが、前線からはラウドルップが中盤に下がってくるし後方からはモアテン・オルセンが上がってくる。要するにポジションが流動的になり、それぞれのプレーヤーが役割を持っていることは確かだが、それを守備ライン、中盤、前線と地域的に分けて呼ぶことは難しくなってきている。 
 ともあれ、デンマークのシステムは、このような考え方を基礎にした、かなり流動的で攻撃に重きを置いた布陣だったといえるだろう。ウルグアイとの試合では、立ち上がりの10分に理想的な形で先取点がはいり、そのあと相手が10人になるという展開に恵まれて、この攻撃が効果的に働いたのだった。 
 デンマークの5点目と6点目は、どちらもウルグアイが絶望的な総反撃に出たあとの裏側をついた逆襲である。34分にエルケーアが長いドリブルから決めてハットトリックを完成し、43分には右サイドから、これも長いドリブルでエルケーアが持ち込んでイエスペア・オルセンが決めた。エルケーアのドリブルは、みごとだったが、まともな展開だったらこんなゴールはなかなか生まれない。したがって大量点の結果だけをみて、攻撃力の程度を推し測ることはできないわけである。 
 1次リーグの第3戦は6月13日にケレタロで行われ、デンマークが2−0で西ドイツに勝った。両チームともすでに決勝トーナメント進出が確実になったあとの試合なので、好試合ではあったが、戦術的な見どころは乏しかった。

 


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