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オリンピック予選特集
韓国に勝つための条件
(サッカーマガジン1971年10月号)


 ミュンヘン・オリンピック予選が、目前に迫った。9月23日からソウルで5チームによるリーグ戦が行なわれ、1チームだけがミュンヘンへの出場権を得る。全部で10試合行なわれるわけだが、焦点は最終日、10月2日の日本対韓国であることは、だれでも認めているに違いない。
 韓国に勝つこと ―― これが日本代表チームのただ一つの目標である。


男子は三日見なければ…

 先月号のサッカー・マガジンに、対韓国悲観説を書いたら、至るところから非難や反論を浴びせられた。
 ヨーロッパ遠征から帰った日本代表チームの報告会で、日本蹴球協会の竹腰理事長が、次のようなスピーチをした
「近ごろ、ジャーナリズムで、日本は韓国に勝てないといっている向きがあるようですが、私はそうは思わない。韓国に勝つチャンスは十分あると思います。ヨーロッパヘ行ってきたからといって、そう急に技術が伸びるというようなものではないが、日本の力は、韓国に劣らないと思います」
 先月号の記事を読んだ上での発言かどうかは分からないが、多少、耳が痛い感じもする。勝ってもらいたいという気持ちには、こちらも変りないからである。しかし ―― 。「チャンスは十分ある」という言葉を、これまでに、なんどわれわれは、聞かされたことだろうか。
 それに、ヨーロッパ遠征に行ったからといって、急に技術が伸びるわけではないというのは、どういうつもりだろうか。「男の子は三日会わなければ、がらりと変ることもある」というような古い言葉もあったのではないか。
 韓国に絶対勝てないというつもりは、はじめからないのだが、相手が進歩する以上、こちらも変わらなければ絶対に勝てないのだ。われわれもふくめて、日本のサッカー全体が、代表チームを変えるために、どのような努力をするかが重要なのだ。


精神力だけでは勝てない

 技術が伸びていなくて「勝て」ということは、「精神力にものをいわせろ」というのと同じだと思う。しかし、サッカーは精神力では勝てないのだ。高級なサッカーになればなるほど精神力では勝てないのである。正確にいえば「精神力がなければ勝てないが、精神力だけでは勝てない」のである。
 テレビで放映されているメキシコ・ワールドカップの試合を御覧になっている方は御承知のように、大会の後半になると各チームとも疲労の色が濃く、気力を振りしぼっての戦いになるのだが、あれほどのサッカーになれば、相手側も気力をふりしぼって向かってくる。最後に勝負を決するのは、やはり技術と体力である。
 巨人の長島選手が、立教大学にいたころ、監督は辻という人だった。その辻監督に新聞記者が「きょうの試合は気力の勝利ですね」といったら「気力で野球に勝てるのなら、いつでも気力を出していればいいじゃないですか」と答えたという。辻監督の職人的ニヒリズムは、スポーツの真随に迫っている。
 日韓戦に当てはめていえば、韓国のサッカー・マンは「日本にやまと魂があれば、韓国には韓国魂がある」というに違いない。
 せり合いで押されたり、走り負けたりすると「精神力が足りない」「根性がない」「勇気がない」という人は、哲学者かも知れないが、すぐれたコーチとはいえない。
 精神力にものをいわせるには、もとになる技術と体力、それを十分に発揮させるためのトレーニングと条件作りが欠かせない。
 日本が韓国に勝つための条件は、ヨーロッパ帰りの日本代表チームが、そのような点で変ったかどうかに、かかっている。


心強い吉村と釜本

 日本代表チームが、二手に分かれて対戦した日本リーグ東西対抗第2戦を見て感じたのは、ネルソン吉村が、非常に良くなっていることだ。
 2年前にソウルで開かれたワールドカップ予選当時の日本チームと、現在の日本チームを比較して、今回の日本チームのプラス・アルファは、その後、日本に帰化したネルソン吉村の加入と、前回は肝炎で休んでいた釜本の復調である。したがって、今回、日本が勝つための条件として考えられるのは、まずこの2人の力である。
 ヨーロッパ遠征に行く前の吉村は、ボールをとると、まず釜本ヘパスすることを考えているように見えた。しかし東西対抗では、吉村から宮本輝紀へ、あるいは崎谷へ、いいパスが出た。吉村のプレーにもスピードがつき、からださえ、ひとまわり大きくなったように見えた。
 釜本の復調は、疑いもない。東西対抗では2試合で5点をとった。長沼健さんは「メキシコ・オリンピックのころよりいい」とさえいう。
 筋力や動きが、前以上ということはないと思うが、チームプレーへのとけ込み方は、前よりいいと思う。「釜本は韓国で必ず得点するであろう。しかし、釜本が得点しようとしていないときのほうが、より恐しいであろう」と予言者みたいないい方をしておこう。
 若手の伸び悩みは、日韓両チームとも共通のようだが、セッツバルとの試合を前にした日本チームの練習を見た感じでは、永井、崎谷などが、かなり使えそうなようになっていた。男子三日見ざれば……ということわざは、若手には100%当てはまる。そして若手が伸びれば、ベテランも力を出せるのが、サッカーだ。
 宮本輝紀の力が3で、永井の力が1であるとき、2人のコンビの力の合計が4であるとする。永井の力が2に伸びたとき、コンビの力は3プラス2の5ではなくて、3掛ける2の6になるものである。その点で、日本チームは、大きく変っている可能性があるといえよう。


勝負が決まるのは中盤

 ソウルで行なわれたポルトガルの “セッツバル” と韓国との第3戦を見に行ってきた八重樫コーチは、「勝負は中盤で決まるね」という。
 韓国チームは、これまで李会沢と朴利天を最前線に立てたツウ・スピアヘッドを使っていたが、八重樫コーチの見た試合では、韓国のフォワードは李会沢、朴利天 (前半は許允正)、朴秀一の3人で、両ウイングは左右に開いており、完全な4−3−3システムだったそうだ。
「縦に出たときの朴利天と李会沢は、いぜんとして早いけど、インターバルは長くなったようだね」と八重樫コーチはいう。
 韓国の主力も、年令的に衰えが見えてきているという意味ではないだろうか。
 日本がどういう布陣を組むかは、いまのところ分からないが、吉村を右ウイングにあげて、フォワードは吉村、釜本、杉山、または吉村を下げて上田か永井を使う、というようなことも考えられる。
 4・3・3同士で、がっぷり四つに組めば、勝負は、まず中盤ではじまることが想像される。
 日本、韓国ともに、主力選手が年令的にピークを越えており、その両チームが、がっぷり四つに組めば、攻撃から守備へ、守備から攻撃への切り換えの早さが、問題になる。
 ボールを奪ったとき、あるいは奪われたときに、ほっと一息いれるようになる。そういう時期が、早く来たほうが負けである。つまり「フィットネスとスタミナが問題だな」と思った。
 日本チームが、十分にコンディションを整え、心おきなく戦えるように、でき得ることは、なんでもやっておいてほしい。
 最後に技術、体力、コンディショニングなど、あらゆる点で、万全を尽しても、どうしようもない問題が一つある。それは韓国の地元の利である。
 相手の地元の利に対抗するものは、日本のファンの熱烈な応援以外にはない。
 日本から報道陣は十数人が出かけることになっているが、一般の方も、できればソウルに出かけて応援してほしい。
 いけない人も、手紙で激励するなど、あらゆる方法でチームにプラスになることをしようではないか。これは、韓国に勝つための最後の条件である。

 

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