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サッカーマガジン 2002年4月3日号
ビバ!サッカー

ワールドカップ史への異考E
トータル・フットボール登場

 ワールドカップの歴史を少し変わった角度から取り上げてみたいと考えて連載を続けている。1970年のメキシコ大会で、ブラジルの黄金時代が結実したあと、世界のサッカーは大きく変わった。そのきっかけとなったオランダのトータル・フットボールを今回は取り上げる。

第10回西ドイツ大会
 1970年メキシコ大会でブラジルが3度目の優勝を記録して黄金のジュール・リメ杯を永久に獲得し、ワールドカップの一つの時代が終わった。その次の1974年第10回西ドイツ大会から新しい時代が始まったと、ぼくは考えている。
 そう考える理由はいくつかあるのだが、もっとも大きな目じるしは、この西ドイツ大会でオランダが世界に示した「トータル・フットボール」である。
 優勝したのは開催地元の西ドイツだった。西ドイツにはベッケンバウアーがいた。2年前の欧州選手権で優勝していた。ワールドカップでは常に上位に進出している実績があった。それに地元の利があったのだから優勝は順当だった。
 しかし、この大会について、もっとも大きく歴史に書き残さなければならないのは、2位になったオランダである。オランダは「トータル・フットボール」と呼ばれた画期的な戦法を世界に紹介した。この戦法の特徴は二つある。
 一つは、横一線の守備ラインを前に押し上げて、オフサイド・ラインを高くすることである。後方に大きくあくスペースは、ゴールキーパーが飛び出してカバーする。
 もう一つは、ボールをもった相手のプレーヤーを、2人がかり、3人がかりで囲い込んでプレスをかける集中守備である。
 自由自在に動き回るヨハン・クライフを、この戦法で存分に生かしてオランダは「オレンジ旋風」を巻き起こした。

総力戦のシステム
 トータル・フットボールには、もう一つの側面があった。それは文字通り「総力戦のサッカー」ということである。
 ここで、サッカーの戦法の歴史を振り返ってみよう。1950年代までのWMシステムでは、プレーヤーのポジションが11に分かれていて極端にいえば、ひとりのプレーヤーは自分のポジションの付近でしかプレーをしなかった。ところが1956年のブラジルの4・2・4の登場で流れが変わり、守備・中盤・前線とラインは分かれていても、ポジションの区別はしだいに少なくなってきた。あるいは流動的になってきた。
 それとともに、攻めの場面では、全員が攻撃に参加し、守りの場面では全員で守備をすることが求められるようになった。これが「総力戦のサッカー」である。
 1974年のオランダの戦法は、その一つの形だった。オランダのプレーヤーは流れるようにポジションを移動しながら攻めた。それで「ローテーションのサッカー」という形容も使われた。ぼくは当時「渦巻き戦法」ということばを使った。守りは集中守備、攻めは渦巻き戦法ということもできるだろう。
 この戦法は、アヤックス・アムステルダムが開発したといわれている。アヤックスは、リヌス・ミケルス監督が基礎をつくり、それをルーマニア人のステファン・コバチが引き継いで1971年からヨーロッパ・チャンピオンズ・カップで3連覇した。
 ミケルスは、その戦法をオランダ代表チームでも採用したのである。

トータルの元祖は?
 ところで「トータル・フットボール」という言葉は、いつ、どこで生まれたのだろうか。
 ぼくが知ったのは1974年大会の取材に西ドイツへ行ったときだった。そして雑誌や本に紹介した。ぼくの理解では「トータル・フットボール」ということばは、アヤックスで生まれ1974年のワールドカップで世界に紹介されたものである。
 ところが、読売・日本テレビ文化センターで開いている「ビバ!サッカー講座」で、この話をしたら、仲間から疑問が出た。イギリス人のブライアン・グランビルの書いた「ワールドカップ」という本には、当時の西ドイツのサッカーも「トータル・フットボール」だと書いてあるというのである。
 グランビルの本は草思社から「ワールドカップ全史」というタイトルで日本語訳が出ている。それには、トータル・フットボールは「欧州選手権を制した西ドイツと欧州チャンピオンズ・カップを3連覇したアヤックスがやったサッカーである」と書いてある。
 ぼくの考えは違う。「トータル・フットボール」はアヤックスのサッカーに対して名付けられ、1974年のオランダによって世界に知られたものである。1972年の欧州選手権のときの西ドイツが「トータル・フットボール」と呼ばれていたという記憶は、ぼくにはない。
 呼び方はともかく、オランダのトータル・フットボールは、当時の西ドイツのサッカーとは、本質的に違うものだと、ぼくは思っている。


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