アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 1998年7月15日号
ビバ!サッカー ワールドカップ・ワイド

日本代表が限界を超えるためには

 日本代表も追い掛けたい、世界のトップも見たい――今回のワールドカップでは、日本の初出場のおかげで、これまでのワールドカップ取材にはなかった、ちょっとぜいたくな悩みを味わった。世界のトップの争いに入る前に、岡田ジャパンの問題を、とりあえずまとめておこう。


日本代表チームの限界
クロアチアにも善戦したが敗退。体力でも戦術でも限界が

 岡田ジャパンは、アルゼンチン戦に続いて、クロアチアにも0対1の負け、決勝トーナメント進出の夢は砕けた。
 大会前のぼくの「期待」は、クロアチアには1対0の勝ちだった。これは、アルゼンチン戦のときと同様、日本のファンとしての「期待」であって冷静なジャーナリストとしての「予想」ではない。
  予想はうまくいって0対0の引き分け、あるいは0対1の負けだった。
 大量失点はしないだろうが、勝つのはアルゼンチン戦よりも難しいと思っていた。というのは、クロアチアのほうがアルゼンチンよりも体調もチーム力もいい状態で、勝ちにこだわってくるだろうと考えたからである。
 結果は「予想どおり」の「期待はずれ」だった。
 ワールドカップで格上の相手に善戦はする。しかし1点をとれない。これは、いまの岡田ジャパンの限界を示していると思う。
 「大量失点はない」と予想していたのは、岡田監督が「専守防衛」の政策を打ち出していたからである。いまの日本の力で懸命に守れば、たとえ相手がワールドカップ・レベルであっても無茶苦茶に点をとられることはない。日本のサッカーのレベルは、その程度にはなっている。
 ボールは、どちらに転がるか分からない。サッカーは思い通りにはいかないスポーツである。専守防衛でも1失点は覚悟する必要がある。
 そうなると、勝つためにはもちろん、引き分け狙いでも、こちらが1点をとる必要がある。岡田ジャパンの課題は、どのようにして、その1点をとるかだった。
 岡田監督は「逆襲速攻を狙う」といっていた。しかし、その速攻はまったく不発だった。そういう意味では、ひとりひとりの選手は「精一杯やった」と評価できるけれども、チームとしては「失敗だった」といわなければならない。「善戦」には違いないけれども「善戦」は現象であって本質ではない。
 速攻には、後方からのパスに合わせて走り出るスプリンターが必要である。日本代表では岡野がスプリンターである。また逆襲は少人数で行なうものだから、自分ですばやく巧みにシュートを決めなくてはならない。
 スプリントがあり、巧妙で強力なシュート力を兼ね備えたストライカーがいなければ、逆襲速攻は無理である。岡田ジャパンに、そんなストライカーはいなかった。だから逆襲しても、なかなかシュートまでいかなかった。後半32分、逆襲速攻を決めたのはクロアチアのほうだった。

岡田続投に反対する
限界を突き破るために、新しい体制で新しいチーム作りを
 クロアチアに負けた翌日、日本の新聞に「岡田監督辞任」の記事が載ったそうだ。フランス国内を転転としているので日本の新聞を直接は見ていないのだが、各国の報道陣の仕事場であるプレスセンターで、日本の新聞社の特派員に聞いた話である。
 サウジアラビアのカルロス・アルベルト・パレイラ監督や韓国の車範根監督の場合は、1次リーグの試合がまだ残っているのにクビになったのだが、岡田監督の場合は、そうではない。「最後のジャマイカ戦に勝つために力を尽くして、ワールドカップ後にやめる」のだそうだ。
 「そんなの、別にニュースじゃない」と、ぼくは思った。岡田監督の任期はワールドカップ終了までで、そのあと辞めることは分かり切った話ではないか。どこの国の監督でもたいていは、ワールドカップが一つの区切りである。
 ところが、そのあと、また別のニュースをきいた。日本サッカー協会の長沼健会長が「岡田監督に2002年までやってもらう」と語ったということである。これもプレスセンターで仲間たちから聞いたことで、確かめたわけではないが、本当だとすれば「そんなバカな」である。
 ワールドカップが終わったら、岡田ジャパンは、いったん、ご破算にして、新しいチーム作りを新しくスタートさせなければならない。
 岡田監督は、アジア予選では倒れかけたチームを立て直すことに成功した。これは岡田監督の功績だといっていい。
 しかし、ワールドカップの本舞台では、岡田監督の狙いどおりのサッカーを選手たちが展開したにもかかわらず、決勝トーナメント進出の目標を達成できなかった。これは岡田ジャパンの限界として、きびしく批判しなければならない。「ご苦労さま」と善戦を讃えるのはいいが、その善戦が未来に結びつくかどうかは、また別の問題である。
 さて、岡田ジャパンを、ご破算にして新しくスタートするに当たって最初の問題は「次の監督は日本人か外国人か」である。
 ぼくの考えでは、これからアジアカップまでの2年間は、外国人監督がいい。日本人で実力と実績がある監督候補が見当たらないこともあるが、淀んだ空気を入れ替えるためにも、ときどき外の風を入れる必要があるからだ。2002年までの最後の2年間は別に改めて考えたらいい。
 岡田監督の能力は、アジアでは証明された。限界も世界の舞台で明らかになった。その限界を超えるためには、どうしたらいいか。岡田監督は代表チームからいったん身を退いて、別の立場で考えてもらいたい。


壁を越えるためには
速さと強さで見劣りしたが、筋トレ重視論復活は警戒 
 ワールドカップのベスト16に順当に残ることのできる国を、世界のトップクラスだとすれば、アジアの全部とアフリカの一部と米国、メキシコなどは、そのなかに入らない。しかし世界のトップレベルヘの壁を越えられない原因は一つではなく、国によって、さまざまである。
 日本の場合は、まず「速さと強さ」で差を付けられた印象が強い。
 クロアチアとの試合のあとのインタビューで、岡田監督は「個人のレベルではワールドクラスでないことは分かっていた。それを組織力でカバーしようとしたけれどもダメだった」と語った。「個人のレベル」とは主として「速さと強さ」の面である。
 非常にまともな、この反省をきいて友人が「これからは、もっと筋力トレーニングをやらせなきゃな」とつぶやいた。
 ぼくの意見はフランス人ふうにいえば「ウイ・エ・ノン」である。そうともいえるけど全面的に賛成ではない。
 「速さと強さ」は、筋肉をすばやく収縮させて、強いパワーを出す能力である。味方がボールを得たとたんに、すばやく前線にダッシュするスピードや、ゴール前で敵の一瞬のスキを逃さず、すばやく強シュートを放つ能力である。こういう運動能力で日本のプレーヤーが見劣りしたのは間違いない。だから逆襲速攻は無理だったわけである。
 こういう能力は筋線維の組成に強い関係があって、遺伝によって決まる体質に影響される。したがって、必ずしも筋力トレーニングによって早急に、全面的に解決できる問題ではない。だから岡田監督が、筋力を強化してその差を埋めるよりも、組織力でその差をカバーしようと考えたのは間違っていない。
 もちろん、そうであっても筋力トレーニングは有効であり、必要である。また岡田ジャパンの筋力トレーニングが適切であったか、あるいは十分であったかは検討しなければならないポイントだろう。
 ただ、筋トレ重視論、体力優先論が、また横行しはじめて、若い選手たちを指導している人たちに間違った影響を与えるのではないか、と心配した。だから無条件に「ウイ」とは言えなかったわけである。
 ぼくは、岡田ジャパンが善戦できた大きな原因は、各選手の技術と戦術能力が、かなり世界のトップレベルに近付いていたためだと思う。
 「速さと強さ」は、その技術と戦術能力を発揮するために必要だが、技術と戦術能力のほうが先であることを忘れては困る。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ