アーカイブス・ヘッダー

 

   

サッカーマガジン 1993年12月22日号

ビバ!サッカー

ナビスコカップ決勝の用兵

 ヤマザキナビスコ・カップは、ヴェルディの2年連続優勝だった。準決勝までは、主力がカタールのワールドカップ予選に行っていて、ビスマルクと若手の活躍で進出して来たのだが、決勝戦では、松木監督が日本代表組と若手とを組み合わせて、あざやかな用兵を見せてくれた。
   
☆予感的中の逆転!
 「動きがいいねえ、エスパルスは。運動量がすごいよ」
 国立競技場の記者席で、ぼくの隣に坐った友人が、こう話しかけてきた。 
 「うーむ」
 と、ぼくが答えた。
 「だけど、これは後半にヴェルディが逆転だな」 
 11月23日のヤマザキナビスコ・カップ決勝、エスパルスが1対0でリードしている前半のなかばごろである。
 エスパルスは中盤で、ボールをもっている敵のプレーヤーを追いかけまわして猛烈にプレッシャーをかけていた。なるほど、その運動量はすごい。
 しかし、である。 
 ボールをキープしている時間は、ヴェルディの方が、ずっと長かった。味方から味方へ確実にパスをつないでプレッシャーをかわしていた。エスパルスは、最後にはファウルで止める場面が多かった。 
 相手のペースに振りまわされて、動き回って守っていると、思った以上に疲れるものである。だから後半はヴェルディが逆転するだろうと思ったわけである。 
 エスパルスは、ゴールキーパーのシジマールと、攻めの軸のエドゥーが出場停止だった。守りの中心の加藤久も、太ももの肉離れでベンチにいた。            
 ベストメンバーでなかったから、レオン監督は「前半勝負」の策に出たのだろうと思う。狙い通り、13分に1点をとったが、90分間を運動量で守り切るのは雜しい。

☆松木監督の交代策
 後半の展開は、予感通りだった。 
 エスパルスは、動きの激しさが衰えたうえに、リードを守ろうという気持が先に立って受け身になった。 
 ヴェルディは逆に、前半は引き気味だったビスマルクが前に出で攻めをリードするようになり、守備ラインも押し上げて攻勢に出た。
 ヴェルディの松木監督は、後半16分に最初の選手交代をした。右のサイドバックの河本に代えて、もともとは中盤プレーヤーである永井を入れたのである。 
 この交代には、三つの狙いがあったように思う。
 第一は、河本にミスが出はじめたので、ここにフレッシュな戦力を入れたことである。 
 第二は、スピードがあり、ドリブルの得意な永井によって、攻めのリズムを変えることである。 
 そして第三には、決勝進出の功労者である若手にも、決勝戦の花道を踏ませたのだと思う。これは、その5分後の藤吉の起用にも通じる狙いである。つまり、主力が日本代表としてワールドカップ予選に行っている留守中に活躍した若手に、決勝戦でもチャンスを与えたわけである。
 この用兵は、ずばりと当たった。 
 28分の同点ゴールは、後方から80メートル近い距離を攻め上がった永井が、藤吉とともに、きっかけを作った。 
 40分の決勝点は、永井のスピードのあるドリブルが突破口になった。 
 この試合の後半には、ヴェルディの良さが100%出ていた。 
 松木監督にとって、会心の優勝だったのではないだろうか。

☆加藤久の投入は? 
 エスパルスは、後半31分に攻撃のトップにいた岩下に代えて、守りに加藤久を投入した。 
 この交代について、試合後の記者会見でレオン監督に対し、かなりきびしい質問が飛んだ。
 1対1の同点になった直後で、勝つためには攻めに出なければならないところだから、守りのプレーヤーを加えたのはおかしい――というのである。
 これは、ぼくの考えでは、レオン監督の判断が正しい。 
 後半に入ってから、エスパルスの守りはゴール前に押し込められ、団子のようにかたまって右往左往していた。これを建て直すには、強力で判断力のある守りのリーダーが必要である。その点で加藤久ほどすぐれたディフェンダーは、日本には他にいない。
 加藤久は、同点になる前からウォーミングアップをしていたのだが、出場する前に同点になった。しかし、それでも守りの人材を投入したのは間違っていない。 
 第一に、守りを建て直さなければ、さらに2点目、3点目をとられる可能性があったからである。
 第二に、守りがしっかりしていなければ、攻めも出来ないからである。 
 第三に、加藤久を守備に入れると同時に、沢登を中盤から前線に上げて、攻めに出る意図も明らかにしているからである。
 ともあれ、両監督の用兵は、なかなか面白かった。エスパルスがベストメンバーでなかったのだけが、ちょっと残念な好試合だった。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ