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サッカーマガジン 1988年11月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

日本代表チームに何が必要か?
恩人クラーマーさんは
        リーダー不在を厳しく指摘

クラーマーさんの苦言
マラドーナとの試合ですばらしいショウを見せたが……?

 東京オリンピックのために日本に招かれ、日本のサッカーの歴史に消すことの出来ない足跡を残した西ドイツのデットマール・クラーマーさんが、茨城県の鹿島で開かれた国際サッカー連盟のコーチ研修会の講師として日本に来て約2週間、滞在した。 
 その機会に二十数年前に、いろいろ教えを受けた顔ぶれが集まって8月23日に東京プリンスホテルで内輪のパーティーを開いた。集まったのは主として1964年の東京オリンピックと1968年のメキシコ・オリンピックのころに指導を受けた日本代表選手たちと当時のサッカー記者である。 
 クラーマーさんの来日が17年ぶりときいて、ぼくは、ちょっとびっくりした。そんなに長い間日本に来ていなかったとは、思っていなかったからである。 
 日本のサッカー、とくに現在日本サッカー協会を握っている人たちにとって、クラーマーさんは大恩人である。だから、もっとしばしば日本に来ていただく機会を作って、きびしい意見を聞かせてもらうべきだったんじゃないかと思う。 
 パーティーの席で、クラーマーさんは昔と変わらないきびしい挨拶をした。 
 「先日、国立競技場で日本代表チームは、すばらしいショウを見せてくれた」 
 クラーマーさんは、いきなり、こう切り出した。 
 先日の試合というのは、マラドーナの率いるイタリアのナポリを迎えて行われた8月12日のゼロックス・スーパー・サッカーである。 
 「すばらしいショウだった。しかし、ただのショウだった」 
 とクラーマーさんは続けた。 
 「日本チームには中心になるアウトスタンディング・プレーヤーは見当たらなかった。リーダーシップの取れる傑出したプレーヤーがいなくては、いいチームは出来ない。そういう選手を日本から生み出すのは、君たちの任務ではないか?」 
 「ゼロックス・スーパー・サッカーは確かに、なかなかのショウだったな」と、ぼくは思った。 
 「日本のサッカーも、なかなかのもんだ。マラドーナに見せ場を作ってやるべき試合で、ショウを演じてみせることが出来るんだからな」 
 クラーマーさんが、日本のサッカーに革命をおこして以来、日本の選手たちの技術レベルは、非常に上がった。いまやマラドーナの脇役を演じることの出来る選手が、たくさんいる。 
 「これで日本にマラドーナみたいな選手、つまり主役の出来るスターがいたらいいんだけどね」

新チームの問題点
アルゼンチン五輪代表との試合の前半はひどいものだった

 ゼロックス・スーパー・サッカーのときの日本代表チームは、そんなに悪くなかったと、ぼくは思っている。その前に友人から、さんざん悪口を聞かされていたが、それほどではなかった。
 6月のキリンカップのとき、ぼくは海外に出ていて、横山兼三監督の率いる日本代表の試合ぶりを見ることができなかった。ぼくが日本に帰って来ると、友人は「ひどいもんだよ」と口を極めて、日本代表の新しいスタートの窓口を言った。 
 この友人は、自分の好みでないサッカーを見ると、いつも悪口を言う。それを聞き慣れているから、そのときは、ただ聞き流しておいた。 
 ゼロックスの試合を見て「それほど悪くはないじゃないか」と言ったら、友人は「きょうは、いい方だったんだ」とぶ然としていた。 
 ところが、その後、ソウル・オリンピックに行くアルゼンチンの五輪チームが日本へ寄って、日本代表チームと試合をしたのを見てびっくりした。9月8日に国立競技場で行われた試合の感想は「うーむ。やっぱり奴が正しいか?」である。 
 友人の批判のポイントは、二つある。一つは、横山監督によって起用された選手に、アイデアとテクニックが乏しいことである。 
 ただし復帰した日産の水沼貴史と、遅ればせながら新たにはいった三菱の名取篤は例外で、これは友人も評価している。 
 さて、アルゼンチンとの試合の前半を見て、ぼくは彼の意見の正しさを認めないわけにはいかなかった。 
 「日本チームで、おや、いいパスをしたな、と思って見ると水沼か、名取なんだな。その他の連中は、ああ、よく走るな、ちょっと足が速いな、というところを見せるけど、それだけだな」 
 ぼくの感想を聞いて「そうだろう」と友人は、したり顔だった。
 友人の批判のもう一つのポイントは、横山監督が両側のサイドバックにウイングフォワードの選手を起用するため、そこのところを、いいように抜かれることである。 
 アルゼンチンとの試合の前半は、フルバック・ラインの右側に日産の平川弘、左側に本田技研の佐々木雅尚を使っていた。どちらも足の速い攻撃型の選手で所属チームではウイングフォワードである。 
 最近流行のツートップを組むと、前線の両翼に空いたスペースが出来る。そこへ後方から足の速い選手を一気に攻め上がらせる狙いだろうと思う。 
 しかし相手も同じように、こちらの両サイドを狙ってくるから、平川や佐々木の攻め上がった後をカバーしていなかったり、そこへはいって来る相手を、しっかりマークできなかったりしたら、守りは無茶苦茶になる。 
 「ゴールキーパーの松永成立君が大活躍だったけど、あれは、守備ラインが無茶苦茶だったからかな」 
 ぼくの感想に、 
 「そうに決まってるよ」 
 友人は吐き捨てるように言って、そっぽを向いた。

傑出した選手は
足の速い選手を育て、若手の得点感覚を伸ばす方針だが?

 アルゼンチン五輪チームとの試合は、後半になるとがらりと形勢が変わって、日本の攻めが目立つようになった。 
 一つの原因はアルゼンチンが手を抜いたからである。 
 アルゼンチンは、これからオリンピックへ行くところである。しかもオリンピックでは地元の韓国と同じグループで、この日本との試合を韓国は偵察にきている。ここで手の内を見せることはないわけで、後半は「もう日本のお客さんヘサービスしたから、あとは引き分けでいいや」という様子がありありだった。 
 日本は、後半にはいって10分ぐらい立ってからメンバー交代をした。これも日本が優勢になった一つの理由だった。 
 中盤でフジタの森正明が膝を痛めたのに代えて全日空の前田治を入れ、さらに大商大の池ノ上俊一を使っていたのを引っ込めて、ヤマハの吉田光範を入れた。0−0だったから点取り屋起用というところである。
 また、守備ラインのサイドで使っていた佐々木に代えてNKK(日本鋼管)から読売クラブに移籍した浅岡朝泰を入れた。浅岡もウイングフォワードの選手である。これは同じようなタイプの選手を入れ代えた形である。 
 この新戦力投入で日本が攻勢になり、スタンドが沸き始めた。 
 マラドーナとの試合のときは、前田と吉田が前半から出ていて面白い場面を作っていたな、と思い出した。 
 浅岡は、あのときは最後にちょっと顔を見せただけだが、長いドリブルで攻め上がった場面があった。 
 「そういうことなら、なぜ前田たちを最初から使わないんだろう」 
 そんな疑問も出て来るが、これについては横山監督が試合の後の記者会見でこう答えた。
  「池ノ上は、あれだけの素質を持っている選手ですから、育って欲しいということでスタメンから使ってみたわけです。前半、2本シュートを決められなかったので、後半にもチャンスをと思いましたが、経験不足でした」 
 池ノ上は、21歳。ゴール前の突破力に、いいところがある選手だという。
 横山監督は、また「目標は来年の5月ですから」という意味のことも話した。 
 来年の5月とは、ワールドカップ予選である。 
 つまりいまはワールドカップ予選をめざしてチーム作りがスタートした段階。 
 足の速い選手を守備ラインに起用して、あと半年余りで守りも良くなることを期待し、若い選手をテストで起用して得点感覚が身につくことを期待しているわけである。 
 「アルゼンチンはソウルへ行く途中、日本は来年のための準備のスタート。そんな試合に期待したってはじまらないよ」 
 終了間ぎわにアルゼンチンに1点を取られて日本が負けて、かりかりしている友人を、ぼくはたしなめた。 
 ただし、こういうチーム作りの方針で、リーダーシップのある傑出した選手が出て来るのかどうか、いささか疑問ではある。


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