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サッカーマガジン 1986年4月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

奥寺“帰国”で揺れるプロとアマ
堂々とプロの登録を認めるのが本当

奥寺康彦はどこへ?
ノンアマチュアで登録して平凡な会社員に戻るのか!

 西ドイツでプロとして活躍している奥寺康彦君が、日本に帰ってプレーしたいという話である。
 「うん、古河電工に戻るんだってね」
 と友人がいう。
 「どこで聞いたの?」
 「NHKのスポーツニュースで言ってた。それに、翌日のスポーツ新聞にも載っていたし」
 なるほど――。これは1月21日に共同通信が流したニュースで、出どころは一つのようだ。
 奥寺君は、昨年夏前に帰国したときすでに「日本で2年くらいはプレーしたい」と言っていた。
 また、このクリスマスからお正月にかけて帰国したとき、古河のチームといっしょに練習する機会があって、その写真は、サッカー・マガジンにも出ていた。
 もともと、西ドイツに行く前は古河にいたのだから、帰ってきたら、また古河でプレーするのも自然だろう。ところが、あちこちに事情をきいてみると、ことは、そう簡単ではないらしい。
 第一の問題は、現在の日本サッカー協会の規則である。
 いま日本サッカー協会は、規則の上では「アマチュア」でないと選手登録を認めない。
 外国でプロだった選手も「アマチュア」に復帰しないと登録できないが、そのためには、プロをやめてから1年以上たたなければならない。
 つまり、いまの規則のままでは、奥寺君が来シーズンに日本でプレーすることは不可能だ、ということである。
 こんなバカげた規則は、日本独自のもので、日本サッカー協会もなんとかしようと、考えてはいる。
 そこで出てきたのが。昨年11月に新聞に出ていた「ノンアマチュア」の選手登録を認めようという案である。ひと思いに「プロフェッショナル」の登録を認めて、世界各国と歩調を合わせればいいのだが、そうしないところが、ぐずの日本サッカー協会らしいところだ。
 つまり、プロをやめてアマチュアに戻るまでの経過期間の1年間は、ノンアマチュアという形で登録を認めようというわけで、これが通れば、奥寺君は、西ドイツのプロを円満にやめた後、すぐ日本でプレーできるわけである。
 ところが、ところが――。
 このノンアマチュア選手が、コマーシャルに出たらどうなるか。
 「広告出演は認めない」というのが、目下のところの考え方だと伝えられているが、奥寺君はすでに、日本でコマーシャルに出ている。それをやめなければ、日本のサッカーに戻れない、ということになる。
 そうだとすれば、これは奥寺君自身にとってだけでなく、日本のサッカーにとっても、大きなマイナスではないだろうか。
 日本人のプロ第1号が、すばらしい体験と実力をたくわえて帰ってくる。このヒーローをはなばなしく迎えるのは、日本のサッカーヘの大きな刺激になると思うのだが、その大きな舞台が一つ、失われることになるからである。
 結局のところ、ノンアマチュアとしての登録は、偉大なプロ第1号を平凡な1人の会社員に戻すという情ない結果になるのだろうか。

契約選手としてなら?
古河でも、新しい選手採用の形を検討しているらしい

 「だけど、ノンアマチュアつていうのは、いわゆる契約選手を認めるためのものだそうじゃないか」
 と友人が追及した。
 そうだっけ。確かに、昨年11月ごろの新聞には、そんなことが書いてあった。このビバ!サッカー!でも、2カ月前の2月号で、その話をとりあげたことがある。
 でも、契約選手って、なんだったのだろうか。
 日本リーグの中には、企業チームであっても、ふつうの社員ではない選手を抱えているところがある。一般の社員の雇用契約とは別の形で、サッカーの能力を買われて契約している選手である。これが、いわゆる契約選手だ。
 こういう契約選手は、旧来のアマチュアの概念からはみ出しているから、ノンアマチュアの呼称で区別しよう――という考えが、日本リーグ運営当局の間から出て、日本サッカー協会の考えになったらしい。
 世間一般の常識からみれば、こういう選手をプロといったって、おかしくはない。
 一方、いまの世界のスポーツの流れからみれば、いまさらノンアマチュアを、ことごとしく区別して登録する必要は、なさそうである。ノンアマチュアだけの大会、あるいはノンアマチュアは出場できない大会があるのならともかく、日本リーグにも、天皇杯にも、同じように出られるのなら、区別することに特別の意味はない。
 契約選手と企業内のふつうの選手(かりに社員選手とでも呼ぶことにしようか)とを区別する必要があるとすれば、それは、その企業の社内の問題であるに過ぎない。
 ところで、奥寺君が契約選手になって、日本に戻ってくるとすれば、話はどうなるか。
 契約選手は、社員選手よりも金銭的には優遇されているらしいから、西ドイツでプロとしていい収入を得ていた奥寺君が、日本でプレーするためには(広告収入の問題はさておくとして)いいことではある。高校出て、しかもサラリーマンとしては9年間のブランクのある奥寺君が、いまさら平凡な会社員に戻ったところで、そう未来洋々とは思えない。それよりも、サッカーの能力を100パーセント生かして、日本でも活躍してもらいたい。
 さて、そこで、奥寺君が古河に戻ることができるかどうかは、古河電工という会社、あるいは古河電工サッカー部が、そういう契約選手を受け入れるかどうかにかかっている。
 聞くところによると、古河の内部で、すでに、そういう問題を検討しているということである。
 これが、そうむずかしいことであるとは、ぼくには思えない。
 なぜなら以前から、本社の正式社員ではない選手が、会社の名前を冠したチームに登録して出場している例は、いくつもあるからである。
 ただし、従来の例は、子会社や系列会社や下請けの取り引き先に入れておいて、選手としては本社チームで使うというやり方だった。したがって給料や将来性は、本社社員よりも恵まれない例が多かった。
 契約選手の場合は、これとは逆で金銭的には、社員選手より優遇しなくてはならない。奥寺君の場合はとくにそうである。
 そのお金を、どこが負担するのかという問題があるが、これは、その企業内、あるいはクラブ内の問題である。

ゲストプレーヤーの怪
堂々とプロの登録を認めれば、すべてがすっきりする

 奥寺君が、契約選手として日本でプレーすることを希望するのであれば、受け入れたいと思っているチームは、ほかにも、たくさんあるだろう。
 スポーツ新聞には、読売クラブと本田の名前が出ていたが、少なくとも外人選手を使っているチームは、みな、奥寺君を受け入れることが可能だと思う。なぜなら、すでに外人選手を、事実上、契約選手として使っているのだから。
 多くのチームが名乗り出て、その中から奥寺君が、もっとも条件のいいチームを選べるようであれば、非常にいい。
 「条件がいい」というのは、必ずしも当面の給料が高いというだけではない。気持よくプレーできて、しかも選手生活をやめたあと、サッカー界で生きがいのある仕事ができるようだとベストである。
 古河が契約選手制導入に踏み切って、他のチームと同じような条件が出せれば、面白いと思う。
 そうなれば、囚縁のあるチームだから、古巣に気持が傾いても不思議はない。
 いずれにせよ、奥寺君が来シーズンから日本のサッカーに復帰するためには、少なくとも二つの条件作りが必要である。
 一つは、1年間待たなくてもプレーできるように、日本サッカー協会の規則を改正することであり、もう一つは、受け入れるチームが、契約選手として、日本のサッカーのプロ第1号にふさわしい条件を提示できることである。
 そうでなければ、奥寺選手はまた西ドイツへUターンして、向こうで選手生活を全うすることに、なりかねない。
 ところで――。
 ここにもう一つ、奇妙な特報がある。
 それは、日本サッカーリーグの運営当局が「ゲストプレーヤー制度」の採用を、日本サッカー協会に要請しているという話である。
 どういう話かというと、外国のプロの選手を、1チーム1人に限って日本リーグで使うことを認めようということなのだが、これを「プロ」と呼ばずに「ゲストプレーヤー」という奇妙な名前で呼ぼうというのが、はなはだ珍妙である。
 「ゲストプレーヤー」という言葉は、本来、別の意味を持っている。
 たとえば、広島のマツダが、外国の姉妹都市のチームを迎えて、エキジビジョンの親善試合を計画する。そのときに地元出身のスターである木村和司選手に、そのときだけ、日産から来てもらって、花を添えてもらう。これが「ゲストプレーヤー」である。
 木村和司選手は、あくまで日産の登録選手であって、公式戦では、マツダから出ることは、あり得ない。
 ところが、いま、日本リーグ、あるいは日本サッカーリーグで考えられている案は、そうではない。
 実際には、プロ選手を登録するのを、まぎらわしい言葉を使って、ごまかそうとする、ちゃちな話である。
 そんな、こそくなことを考えずに世界各国と同じように、堂々とプロの登録を認めるのが本当ではないだろうか。
 そうすれば、こんなに、くだくだしいことを書かなくても、奥寺康彦君は、日本でのプロ第1号として、はなやかに日本リーグに復帰できるはずである。


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