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サッカーマガジン 1967年8月号

ワールドカップを日本でやろう
      〜日本開催は19年後だ!

 ワールドカップ日本開催に立候補するなら今だ。いま立候補して実現はやっと1986年……。準備はできる。

「釜本コーチが立ち上がって……」
 「釜本コーチがベンチで立ち上がっています。1986年のワールドカップ決勝戦。日本が1−0のリードで、残り時間はあと5分となりました。日本の世界チャンピオンは目前です。―― もう、日本の勝利は決まったようなものですね、杉山さん」
 「そうですねえ。ぼくがはじめてワールドカップを見たのは、1966年イングランドの大会なんですが、決勝で地元のイングランドが終了の30秒前に1点をとられて延長にされたんですよ。サッカーでは何が起るかわかりませんからね。油断はできません」
  ――てなことにならないものだろうか。
 1986年の某月某日、場所は東京の国立サッカー専用競技場。第13回ワールドカップ・サッカー世界選手権の決勝戦である。
 優勝を目前にした日本代表チームのコーチは釜本邦茂。テレビの解説は杉山隆一。テレビは人工衛星を通じて、世界中に同時中継されている。
 この夢を実現させよう、そのための努力の第一歩を踏み出そう、というのが、ぼくの日本サッカー界への提案である。
 もう一度いう。
 「ワールドカップを日本で!」
 それにしても、来年のことをいえば鬼が笑うというのに、1986年とは気の長い話だと思われるだろう。なにしろ、いまから19年先のことだ。
 ところが、調べてみると、19年後のことをいまから考えて、少しもおかしくない。第一に、日本でワールドカップを開くには、もっとも早い時期を考えて、1986年しかない。
 ご承知のように、ワールドカップは4年に1回開かれる。最近の大会は、昨年イングランドであった。次は1970年メキシコだ。その次の1974年は、ドイツとアルゼンチンが争ってドイツに決まっている。

ドイツの次はアルゼンチンだ
 
ワールドカップは、ヨーロッパ大陸と南アメリカで交互に開くのが恒例になっている。したがって74年大会にアルゼンチンが立候補していたということは、実は78年大会をアルゼンチンでやる意思表示なのだ。つまりワールドカップ開催地は、11年先まで事実上決まっている。
 そこで、日本が立候補するのは15年後の1982年になるのだが、このような大会が2回続けて12年間もヨーロッパを離れることは、現状ではなかなかむずかしい。
 日本がワールドカップを開くことのできるもっとも近い時期は、19年後の1986年ということがおわかりと思う。

12万人収容の国立サッカー競技場
 
第二に、日本がワールドカップ開催の準備をするのに、19年間の歳月は決して長すぎない。
 まず競技場のことを考えてみよう。
 これまでにワールドカップ決勝が行われた最大の競技場は、ブラジルのマラカナ・スタジアムで収容能力は20万だった。昨年のウェンブレー競技場は10万である。
 日本には10万人収容の建造物はどこにもない。それどころか、東京にはサッカー専用の競技場さえない。
 ワールドカップを日本で開くためには、東京に12万人の国立サッカー競技場、名古屋、大阪、広島、九州にそれぞれ6万人ていどのサッカー競技場が必要だ。
 ゼロから出発して、これだけの施設を用意するのに、いまからサッカー場建設の全国運動を展開しても、決して早すぎないと思う。
 次に、せっかく大会を開いても地元の日本代表チームが、はやばやと姿を消しては、盛りあがりを欠く。日本代表チームには、ぜひ優勝して欲しい。悪くてもベスト・フォアに入らなくては話にならない。
 19年後に日本代表選手になるのは、どういう顔ぶれだろうか。
 いまの日本代表で、もっとも若いのは、木村(古河電工)、 田辺(早大)の19才だ。この年代だと、19年後のワールドカップ選手は、ちょうど今年生まれたばかりの赤ちゃんだ。
 上のほうは八重樫の33才。いまの小学校上級生ぐらいが、その年代になる。
 現在のサッカーブームの洗礼を受け、広がり行く日本サッカーの底辺の中から育った選手たちが日本代表チームを構成する。そうでなくては、オリンピックより、はるかに水準の高いワールドカップを勝ち抜くことはできないと思う。
 それには、19年の歳月は、ちょうど適当な長さではないか

日本もプロ・サッカー時代
 
日本でワールドカップを開くとき、日本のサッカーの頂点はプロでなければならないと思う。
 こういうことを書くと、たいてい年配の方からのお叱りの投書をちょうだいする。
 「プロのスポーツはアマチュア選手に害悪を流す。しかもプロサッカーの背後には、トトカルチョをはじめようとする策謀がある。これ以上ギャンブルをふやして、国民を苦しめるようなマネは絶対にやめさせて欲しい」
 ――これは以前にいただいたことのある投書の一節だ。
 この投書を出した方には、プロサッカーのあり方について、大きな誤解がある。
 ここで、くわしく説明する余裕はないが、サッカーのプロは、アマチュアの模範であり、アマチュアのスポーツに貢献できるものでなければならない。
 だからといって、今すぐ日本にプロサッカーを作れというつもりはない。こういう問題には、社会的条件が熟することが必要だ。19年のうちには、必ずそうなるだろう。
 ただ、コーチだけは、明日からでもプロにしたほうがいい。人を教える仕事は、片手間にできることではない。
 最後に、観客について――。
 昨年のワールドカップの記録映画「ゴール!」をご覧になった方は、スタンドの熱狂ぶりに、びっくりしたと思う。日本のサッカーの観客は、ワールドカップを開くには、まだおとなし過ぎるといったら、おかしいだろうか。

スタンドは“日の丸”の波
 最近の国際試合では、スタンドで日の丸を振って応援する姿がみられるようになったが、まだ群衆の中の“点”である。9月−10月のメキシコ予選のときには、スタンド全体が“面”になって日本チームを応援してほしい。それが、やはりワールドカップ実現への第一歩になるだろう。
 19年後には世界の情勢は、想像がつかないほど変っているかも知れない。
 ワールドカップではなく、地球をまたにかけたワールドリーグがホーム・アンド・アウェイで行われているかも知れない。
 日本でワールドカップを開く、といったていどのビジョンは、スケールが小さすぎるくらいだ。
 サッカーが、このささやかなビジョンさえ描けないようでは、現在のサッカーブームが、ほんとうに一時的な“ブーム”として、しぼんでしまわないとも限らない。


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